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嵐海にきらめく金の幻影

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★いただいた物語は2012年10月に発行した「漁場ロマンスⅡ~神羅ヶ崎心中編~」の内容とリンクするお話です。
 魚英旦那(セフィロス)が嵐の夜に漁に出て行き、昆布治癒に至るまでの旦那サイドのお話が書かれています。

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【月の雫が降る夜に】紫様より

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嵐海にきらめく金の幻影

光は極わずかだった。切れ長の魔晄の瞳を細め、そのかすかな光を頼りに道の先を見る。
古い遺跡の通路は、天井、壁、そして床、至る所に藤壺や珊瑚が貼りつき、つい先程まで海水に浸っていたらしく
全てが濡れていた。石垣の隙間から滴る水音が、あちこちで響く。
無謀なことをしているという自覚はあったが、引き返すつもりはなかった。

吐く息が白く見える程に気温が低い。仕事着にしているのは、魚英の大きなマークがついた前掛けのみ。胸元に
クロスする紐以外上半身裸だったが、セフィロスは元より寒さを苦にしたことはない。
この仕事を始めて以来履き続けている長靴で、石畳の通路を音もなく歩く。手には銀色に光る長い太刀魚を握り
締めて。

嵐の日に船を出したところで、まともな漁になるわけがない。それでもあえてセフィロスは、この朝海に出た。
ある密かな記憶に強く誘なわれて。
かつて、漁をしていた沖合で不意の嵐に襲われた時があった。湧き上る黒雲が突風を呼び、穏やかだった海が
白波を立てた。
魚は一斉に深海へと消え、漁を諦めたその時、ひときわ高い横波に煽られ宙に舞い出た一尾の魚。それが目に
も鮮やかな金のきらめきを放った。

たった一度だけ見た金色の魚。それは一瞬の煌めきで、今となっては本当に金の魚だったのか、それとも光る稲
妻が銀鱗に反射しただけなのか定かではない。
まして、嵐であれば必ず現れるという確証もない。
大波に激しく揺れる船の切っ先に立ち、水面に視線を凝らしながら、曖昧な記憶と根拠のない予感に、危険を冒
してまで、なぜ俺は金色の魚を追うのだろうとセフィロスは思う。
それが別の色ではなく、金色であるが故だと自覚している。セフィロスにとってそれは特別な色なのだ。
金鱗の記憶と重なる様に、脳裏をかすめた濡れた金色の茂み。ああ、褥の中で昨夜のクラウドはまるで魚の様
だった。思わず口端に笑みがこぼれた。

その瞬間、果たしてそれは現れた。金光を追ってセフィロスが海に飛び込むのと、大波が船を薙ぎ倒すのは同時
だった。
暗い波の隙間に、点滅するように見え隠れするかすかな光を追う。
セフィロスがその類い稀なる身体能力をかけて追っても、海は元より魚の世界。追いつくことは到底かなわない。
だが、あの金色のきらめきを見失わなければ、チャンスはあるかもしれない。一心不乱に追っているうちに、
いつの間にかこの遺跡に入り込んでいた。

狭い通路は長く続いた。すでにいくつ角を曲がったか記憶が妖しくなる頃、道の先からかすかなざわめきが聞こ
えてきた。海底の遺跡に人の声などあり得ないと思っても、それは紛れもなく大勢の人々がざわめく声だ。
角の先から明かりが漏れていた。セフィロスは気配を立ってその角まで来ると、そっと中を覗き見た。

それは大広間といえるような広い空間。明るい照明に照らされた部屋には、100を超える人の姿があった。
杯を持ち酒を酌み交わし、通路と同じ石造りの床に敷かれた絨毯に座り話し込む者、人々の間を歩き回る者、
壁際に立つ者、竪琴や笛を鳴らすもの、それに合わせて歌い踊っている者もいる。
色とりどりの衣装、髪飾り、真珠や珊瑚の装飾品。ここにいるのは全て女だ。少女といえる若い者から熟女まで、
女たちは皆一様に笑顔を見せて高揚し、至福の希望に沸き、穏やかな熱気が満ちていた。
深い海の底によもやこのような場所があるなど、誰が想像できただろう。

入口近くにいた一人の女が、セフィロスに気づき息を飲む。するとまるで伝染するように驚きの沈黙は奥へと広がり、
皆が一様にこちらを見たまま動かなくなった。やがてセフィロスに一番近い辺りに座っていた女が、道を開ける様に退く。
それを合図に次々と奥へと動きが広がり、いつのまにか広間の中央には一本の道ができていた。

その奥には扉があった。セフィロスは、本能的に扉の内に全ての秘密があると感じた。
空けられた道を迷いのない足取りで真っ直ぐに進む。女たちはひそひそと囁きながらも、動かずセフィロスを見守った。
内側からは、竪琴の調べが聞こえていた。セフィロスは、躊躇なく扉を開いた。

白い光に、セフィロスは魔晄の目を細めた。そこは磨き上げられた真っ白い大理石の部屋。中央に大きな二枚貝
が開き、それは一部屋ほどもある大きなベッドになっていた。
ベッドの上に五人の女。左の女が竪琴を奏で、右の女は大きな団扇を煽いでいる。そして左右に女をはべらせ女の
膝枕で中央に横たわるのは、セフィロスの良く知る金の髪を持つ男だった。

「やあ」
男は、突然のセフィロスの訪問に慌てる風でもなく、ゆっくりと視線を向けて笑った。その姿は正にクラウドそのものだ。
しかし、浮かべる笑みは、本当のあの男には絶対にない不遜を露わにしていた。瑠璃が混ざる魔晄の瞳が怪しく光る。
金とターコイズ、そして真珠をあしらった豪華な胸飾りをつけていたが、上半身は裸で、腹から腿に薄布をかけている。
周りにいる女たちもふんだんに宝石をつけているけれど、服は着ておらず、胸を露わにし腰の辺りに申し訳程度の布を
巻いているだけ。
ここで何が行われているかは、一目瞭然だった。

「こんなところまで何をしにきたの、哀れな銀色のセフィロス」
男は、当たり前の様に俺の名を口にする。
「金の魚を追ってきた」
「ああ・・・」
そうなんだと言いながら、上体を起した。
「金の魚が俺だって知ってた?」
「・・・どうかな」
金の魚がクラウドだと思ったわけではない。元よりこのような場所があることすら想像しなかった。しかし、なぜ金の魚を
追ったのかと言えば、どこかでクラウドに起因していたと思えば、全く否定もできないだろう。

クラウド、いや、クラウドの姿をした金色の魚は、セフィロスの曖昧な返事にすぐに納得したようだった。
「それで、俺を追ってどうするつもり?」
セフィロスは小さく肩をすくめた。目的があって追ったわけではない。あえて言うなら、ただその存在を確かめたかっただけだ。
そう告げると、クラウドはくすくすと笑った。
「俺を見たくてここまで来た? あんた、その意味わかってる?」
セフィロスは、すでにこの場所の意味を理解していた。
目の前にいる男も女も、あの広間にいた女達も全て魚だ。ここは金色の魚のテリトリ。恐らく群れで唯一のオスが繁殖期に
金色に光るのだろう。

「わざわざ寝間まで入り込んで、俺を見ようとするなんて」
あははと声を上げて笑ったクラウドは、膝枕の女が持っていた盃を取り、一口酒を飲む。
「いいよ、見せてあげる」
口端に零れた雫を指の先で拭う。酒には媚薬でも入っているのか、その瞳にはすでに官能の色が浮いていた。
「ほら、見て・・・」
口元の指を喉から胸飾りへと滑らせ、やがて裸の胸をゆっくりと辿る。小さく萌え出る突起を指先で転がし、顎を上げて甘い
声を漏らした。
行為に気づいた周りの女たちが、くすくすと笑う。そして煽る様に、男の躯に一斉に手を這わせた。

クラウドは胸を刺激する指を下へと降ろし、腹を撫でている女の手を掴むと、薄布がかかる下腹へと運んでいく。セフィロスに
向けて挑発的な視線を寄越しながら、人前で触れることのない場所に女の手を導いた。上から自らの手も添えて動かす様子は、
薄布の下でも明らかだ。他の女も太腿から奥へと手を差し入れる。クラウドは震える息を吐き、金の前髪がかかる瞳が快楽に
濡れる。手の動きに薄布がずれて、セフィロスのよく知る金色の叢が覗いた。
「来て、セフィロス」
乱れる息の合間に、掠れた声を出す。それはいつもの控えめに求めるクラウドの声と同じだった。セフィロスの躯の奥に
熱が灯った。

クラウドが小さく顎をしゃくって合図をすると、女たちは立ち上がり、鈴のような笑い声を上げながらセフィロスを取り囲んだ。
手を引き、背中を押してベッドへと誘う。
ひとりの女がセフィロスの手を取り、薄布に隠れたクラウドに宛がった。柔らかな布の下から、興奮した熱と先走りの蜜の
湿った感触がはっきりと伝わった。
「セフィロス」
クラウドが手をセフィロスの首に回し、引き寄せて口づけた。周りの女たちが一斉に冷やかしの声を上げる。
口づけを受けながら、セフィロスは目を開いていた。間近に見るその顔は、クラウドそのものだ。けれど長い睫毛を
ゆっくりと開き、見上げてくる眼差しには、かすかな妖気が漂っていた。

「銀色だけど・・・」
首に回された腕が、ゆっくりと背中に降りる。
「あんたの髪は、とても綺麗だ」
髪と一緒に背を撫でるクラウドの指先が、まるで水が揺らめくようにみるみると変化し、鋭く尖った鰭へと変わる。
セフィロスはそれを目で見る様に感じていた。強い敵意が凶器へと具現化する気配は明白だった。
クラウドは笑う。
「殺してしまうには惜しいくらいに」

背中に鋭い痛みが走った。
己のテリトリーに入り込んだオスを排除するのは、魚の本性だ。容赦なく命を狙う。死を免れるには、金の魚を殺して
その地位を取って代わるしかない。それが宿命だった。
それでも、クラウドの姿をした者を、セフィロスは手に掛けることができなかった。
明らかな殺意をもって背中に食い込む鋭利な鰭を、身動きもせずにただ受け止める自分に、セフィロスは呆れて
小さくため息をついた。

鰭の殺意は、指先から腕へ皮膚を鱗化させながら広がっていく。温かい人肌が冷たい鱗へと変化し、部屋全体の
温度までも急激に凍らせた。見ると、女たちはもうすっかり魚の姿で。尾鰭を激しく震わせて、遺跡の主が容赦なく
銀色のオスを排除する様子を興奮して見ているのだ。

見下ろすクラウドの滑らかな頬が、見る間に金の鱗に覆われる。口はパクパクと単調な動きを繰り返すだけになり、
やがて魔晄の瞳は平坦な魚の目に変化した。表情のない本能のままに他のオスを排除する無機質な瞳は、罪の
意識を知ることがない。
金色の尾鰭を翻し、長い胸鰭をセフィロスの背に突き立てるものが、すでに人の意識を持たない魚であることを
見極めて、セフィロスは手にした太刀魚の剣を斜めに振り下ろした。



背中に大きくできた傷は、命に係わる程の深手ではなかった。それでも出血は止まらず、海水は容赦なく傷に沁みた。
マテリアの持ち合わせもなく、セフィロスは痛みを背負ったままある場所を訪れた。
昆布の茂る岩場。ミネラル豊富なこの海藻は傷の治癒に有効だ。長く帯状に伸びる昆布で傷を覆う。それだけで痛みは
楽になった。
セフィロスは、傷の治療に専念しようと少し眠ることにした。

夢と現実の境に浮かぶのは、やはり金色のきらめきだった。
斜め掛けした前掛けに長靴。そんな姿ですら美しいと思わせる男。風に揺れる立ち上がる髪から香る懐かしい匂いを夢想する。
セフィロスは、無性にクラウドに逢いたいと思った。
なぜこれ程までに、俺はあの男に魅せられるのだろう。同じ姿をした幻影に命を奪われそうになってまでも。

遠くにクラウドの気配がしていた。大振りのクロマグロを振りかざし、海を開こうとしている。一見、華奢にも見える男に秘められた
壮大な力に、セフィロスは改めて心惹かれる。
暗い嵐の中、俺の身を案じて探しに来る。繰り返し俺の名を呼びながら。

理由など、元より必要なかった。
俺は、金色の幻想に心奪われる宿命を負った者だ。
ああ、また逢えた。
何より美しく金に輝く唯一の男を、俺は今、確かな手ごたえで抱きしめよう。



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金の幻影
絵:山田にく (いただいたお話からマッハで1カット描かせていただき紫さんへ送りつけたブツです…)

まさかの魚英…「漁場ロマンスⅡ~神羅ヶ崎心中編~」の描いていない箇所を書いていただいたとは!
ほんとすみません…うれしいです…すみません…!
以前に紫さんと漁場ロマンスⅡのお話をさせていただいた折に、
「セフィロスがあの[昆布治癒
]にたどり着くにはケガをしていなければいけないけど、
[深い訳]がない限りセフィロスはケガなんてしないと思うんですよね…深い訳は話しに入れられなかったんですが、
ケガの理由として考えていたのは[金の魚]のくだりに近い内容でした」
という内容を私が言っていたのですが…
紫さん、その[深い訳]を書いてくださいました…!!しかもとても美しく…!!
作品をいただいた時、眼から鱗でした…!誕生日祝いも兼ねて、というサプライズ…本当にありがとうございます!!!

愚かな事とわかっていながら金色を欲する旦那、クラウドの形をした淫靡な金の幻影、(そして昆布治癒へと…)
紫さん、夢幻のような綺麗なお話をどうもありがとうございました…!家宝です!

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